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 無題

曲を愛するか人を愛するかという根本理念の違いがすでに譜面の難易度を決めている
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「曲を愛する」とは一般的な表現を使えば曲を尊重するということである。
一方で、「人を愛する」とはプレイヤーにその比重をおくということだ。
一見、この2つの要素は共存できるように思えるが、実際にそうできる素材は限られている。
そういった素材を使用するには膨大な時間をかけて探すか同様にして作るかしかないが、後者は技術も必要である。
(もちろん、依頼する手もあるがここでは割愛する。)

よって、ここからはこの2つの要素は相対する概念であるという前提で話を進めよう。
易譜面については門外漢であるゆえ、余計なことは語らないことにする。
難譜面において、曲を尊重した譜面は基本的に役に立たない。
曲を尊重した範囲での譜面の難易度は、自然であれば難しくならないため、無理矢理に難易度を上げた配置はプレイヤーに優しくない、独善的な譜面になることは間違いない。
難所と道中の難易度の開きがあり過ぎたり道中が長いというのも、曲を尊重しているとよくある現象だが、プレイヤーにとってみれば全くの無意味だ。
ただし、この要素は好意的に見れば演出ともとれるのでここを深く追及するのは野暮と言える。
難譜面というのは曲のためにあるのではなくプレイヤーのためにあるはずだ。
曲のためにあると言い張るならば拡張配置や色彩、スピード変化、同時リングを多用し技巧を散らした鑑賞譜面を作ればよいのだ。
それが見づらい譜面でも1ビットのリングでも離れ同時リングでも曲の演出であっても誰も文句は言わないし、局所難だろうがなんだろうが誰も苦しまない。
ただし、逆に離れ同時の乱用や極端な局所難譜面や適当な配置を鑑賞譜面と呼ぶのは見苦しい。
鑑賞と銘打った譜面を作るならば視覚的に映えあるものでなければならない。
難譜面としてうち出すならば難易度が考慮されている必要があるということだ。
言うまでもないが、プレイヤーの尊重などと言って曲のリズムなどをガン無視した譜面はその曲である必要がないため、そのバランスを取るのが難しい。
であるから、ここで各制作者ごとの個性が生まれるのではないかとも思う。
今一度、自分の譜面を見直してみると改善策が見えるかもしれない。






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